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| 「北海道の高校野球チームがこれほど活躍するとは!?」 第86回全国高校野球選手権大会で、北海道の駒大苫小牧高校が優勝したの には驚かされました。 まさか北海道の高校野球チームが夏の甲子園で全国制覇を達成することなど夢にも思いませんでしたから。 しかも、登録メンバー全員が北海道出身ですから素晴らしい快挙です。さらにさらに、翌第87回大会もあれよあれよと言う間に勝ち進み57年ぶり史上6校目の夏連覇を果しました。まさに同校の黄金時代到来です。 初優勝は他チームを圧倒する打撃力で、2度目の制覇は、前回の優勝を経験している林主将をはじめベンチ入りした6選手がチームの核となり、投攻守走四拍子揃ったスキのない野球を展開し、他校を寄せ付けない強さがありました。 特に、松橋、吉岡、田中と3枚揃った投手陣が力を発揮しての連覇達成でした。 |
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初優勝の時は丁度、高校野球と平行して、遠くギリシャのアテネでは、オリンピックが開かれていて、日本中が久しぶりに日本選手の活躍で話題になっていましたが、北海道だけは別格で、「駒苫」の快進撃の話題一色に塗りつぶされました。 そして、地元苫小牧はもとより、札幌、旭川をはじめ北海道全体が一丸となって「駒苫」の活躍を応援していました。 特に、済美高校(愛媛)との決勝戦当日は、苫小牧の街中は人っ子一人いない状態に陥りました。みんな自宅や職場でテレビにかじりつき、「おらがマチの選手」の一挙手一投足に目を凝らして観戦していました。 試合は、取ったら取り返す打撃戦で、だれもがハラハラドキドキの心境だったことでしょう。 そして、13−10と接戦を制し全国4、146校が挑んだ高校球児の祭典で頂点を極めました。 初の全国制覇を成し遂げた瞬間の地元の街の様子は、まさにハチの巣を突付いたような大騒ぎだったことは容易に想像できます。 その証拠に優勝した2日後、地元で行われた優勝報告会には数千人の地元ファが殺到して身動き出来ない光景がテレビに映し出されていました。 ただ、連覇を果した時は、優勝後、野球部長の暴力事件が発覚。「優勝の取り消しも」との憶測が流れ、後味の悪さだけが残ってしまいました。
結局、暴力事件そのものは選手とは無関係と言うことで、優勝旗は無事に2年続けて津軽海峡を渡りましたが、高野連、学校側の自粛要請により初優勝時のような熱狂的な歓迎風景は影を潜めました。 北海道の高校野球は、大正9年北海中学が第6回全国中等学校野球大会に初出場したことからして大変歴史があります。 草創期の北海中、函館中、札幌商時代に始まり、第41回大会からは北と南に分かれ数多くのチームが挑んでは、そのたびに跳ね返され続けてきた「夏」の厚い厚い壁をついに打ち破った瞬間、選手は何を思ったのでしょう。 もちろん、大きな喜びに包まれたのでしょうが、むしろ長年、北海道の高校野球を見守り続けてきた多くのファンの方に感慨深いモノがあったことだと思います。 甲子園の最多出場を誇り、センバツで準優勝の経験のある北海高校(旧北海中学)をはじめ、古くは三笠、札幌開成、函館有斗、東海大、駒沢大の付属系高校で占める南北海道。 帯広三条、旭川竜谷、釧路江南、中標津、旭川大高などの北北海道勢と、結構名前だけは知っている学校がたくさんあります。そんな中で駒大苫小牧の活躍は突出しています。 高校野球は、指導者の力量が70%を占めると言うのが私の意見です。 高校野球に限らずチームスポーツ、個人スポーツを問わず指導の良し悪しが結果を左右するのはある意味当然とも言えます。 そして、次に来るのが選手の能力。そして設備と続きます。 いくら能力のある選手をたくさん揃えてもその力をうまく引き出せなかったら結果は付いてきません。 名門、強豪校と言われる学校は、そうした指導者が選手の力をうまく引き出し大きな大会で結果に繋げていくので「越境してでもあの先生から教えてもらいたい」と、素質のある選手が集まりチーム内競争でさらに互いの力を高めていく好循環を引き出します。
とはいえ、「駒苫」など北国のチームは冬場、土のグランドが使えません。せいぜいキャッチボール程度です。 年中、土の上で練習できる南のチームに対しハンディを課せられていますが、ここでへこたれない我慢強さを北国のチームの選手達は身に付けています。 雪が降り積もったグランドは寒さで、カチカチのアイスバーン状態になります。このアイスバーンの上に、ノックの雨が降り注ぐ話しを聞いたことがあります。 寒さで血の循環が悪い上、凍ったカチカチの氷の上でスライディングやダイビングキャッチを試みると、ユニフォームが破れ、膝頭から血がにじみ出たり、打ち身で痛くてたまらないと言います。 そんな厳しい練習を冬の間、何ヶ月も繰り返すと、自然に粘り強さとたくましさが醸成されていきます。 加えて最近の東北、北海道の主に私学のチームは関西から多くの野球留学生を迎え入れ、レベルアップが顕著です。油断すると置いていかれるほど多くの強豪校が育ってきています。 駒大苫小牧の香田誉士史監督は、九州は佐賀の生まれで甲子園には選手として3度出場し、同校の監督に就任してからも毎年のように、チームを憧れの夢舞台に導いている名指導者です。 まだ若い身で追われる立場に立たされていますが、ご自身は常に前を向いて進んでいます。 強いチームの存在は他のチームの標的になるとともに、その地区のレベルは飛躍的に向上します。 「駒苫」が健在である限り北海道の高校野球の未来は明るいでしょう。 と、書いた矢先、駒大苫小牧高校の「第87回全国高校野球大会」優勝メンバーを含む3年生野球部員10名が、他部の生徒と卒業式の夜に、苫小牧市内の飲食店で飲酒・喫煙し警察に補導されたことが判明し、学校側は独自の判断でセンバツ大会を辞退すると言うニュースが飛び込んできました。 同校は、2回目の全国制覇後、野球部長の部員への暴力事件が発覚。優勝取り消しも観測されていた経緯がありましたが、この時は部員には落ち度はないと言うことで、取り消しにまでは至らず、部長の1年間謹慎処分が課せられていました。 その一方で、高野連から学校側に対し、教育の一環として生徒指導には、厳正に対処して頂きたい旨の厳重注意の指導を受けてもいました。 今回の不祥事は、卒業直後の開放感から度が過ぎた行為を引き起こしたもので、篠原校長はじめ香田誉士史監督、佐々木野球部長が辞任しました。 前回の野球部長の暴力からわずか半年あまりの不祥事に、センバツ辞退と管理監督者の辞任は、当然のことで全国優勝した重みが驕りに変質したのは、自覚の足りなさと野球部の体質にも問題があるように思います。 2004年までは、秋の公式戦が終了すると、3年生は退部届けを出して野球部から離れていましたが、現在は卒業するまでは部員として登録が抹消されません。 今回の不祥事で、一番いたたまれなかったのは、事件とは全く関係ない1、2年生部員です。道大会を制し、明治神宮大会でも優勝して、センバツに思いを馳せていたナインはやりきれないことでしょう。 大会ナンバーワンと目される主戦田中将大を擁し、夏ー春連覇を目指していたチームが戦わずしてその夢を砕かれるのは、一高校野球ファンとしても心が痛みます。 同校の全国的な活躍で上げ潮ムードに乗っていた北海道勢が、今回のことを教訓にさらなる活躍を続けられるよう祈らずにはいられません。 第79回センバツ高校野球大会の出場校を決める選考委員会が1月26日、大阪で開かれました。その結果昨秋の全道大会で初の優勝を飾っていた旭川南高校が大方の予想通り初めてのセンバツ出場を決めました。
ここのところ北海道の高校野球のレベルは駒大苫小牧を筆頭に着実に上昇していて、約2ヶ月後に開かれる本大会で旭川南高の活躍が期待されます。 旭川南高の甲子園出場は春は今回が初めてですが、因みに「夏」は、第46回大会(昭和39年ので北・北海道大会決勝で滝川商業を破り初めての憧れの夢舞台出場を果たしています。その時は、宮崎代表の宮崎商業と初戦で当り、0−2で惜敗しています。 当時は宮崎の全盛時代が幕を開けた直後で、宮崎商業は前年に続き2年連続の出場で、後にプロ野球広島カープ入りし、首位打者を獲得した水谷実雄選手がチームのエースとして活躍、ベスト4まで進出するなど宮崎のレベルが北海道より若干勝っていました。 旭川南高は、43年ぶりのこんどは春の甲子園出場ですが、春、夏、秋の全道大会には通算16度出場している北・北海道の強豪ですが、秋季の全道大会出場は30年ぶりです。過去、甲子園にはもう一息と言うところまで何度も行きながら涙を飲んでいました。 旭川南高校は、昭和31年学校法人旭川南学園、旭川南高等学校として設立され創立50周年を迎えたばかりの高校です。昭和49年には旭川市立旭川南高校に昭和55年には北海道立に移管して現在に至っています。 第59回秋季道高校野球 全道大会
準決勝 小樽北照高 010000001 |2 駒大岩見沢 30000010×|4 旭川南高 001200000|3 北海道栄 000000000|0 決勝 駒大岩見沢 001000000 |1 旭川南高 00210000×|3 昨年のセンバツは夏の甲子園で連覇を果たした北海道の駒大苫小牧高校(苫小牧市)が秋の明治神宮大会でも優勝し、北海道枠1校と明治神宮野球優勝枠の2校がセンバツへの出場権を得ていましたが、駒大苫小牧高校3年生野球部員らが飲酒、喫煙し補導される不祥事を起こし、春の選抜大会出場を辞退して夏春連覇の道は絶たれていました。 同校に代わって補欠1位校の北海道栄高校が25年ぶり4回目の甲子園への出場を果たし、明治神宮枠から旭川実業が3年ぶり2回目の甲子園出場を射止めました。
全国10地区の秋季大会優勝校が集って明治神宮大会が東京の神宮球場で開かれましたが、北海道を制した旭川南高は、東海地区の覇者・常葉菊川(静岡)と対戦しました。しかしながら、結果は2−6の完敗。実力の差を見せつけられました。 しかも、相手の両左腕投手の変化球にてこずり、終わってみれば、7連続を含む16の三振を奪われる始末。左投手との経験が少なかったとはいえ、左腕投手に全くタイミングを合わせることが出来ず力不足を痛感したナイン。 敗戦直後のミーテイングで打線の中軸、反怖和也遊撃手(2年)が昨年11月の明治神宮大会で負けた後のミーティングで、小池啓之監督のどうしたら打撃に力がつくかとの問いかけに、答えた具体的な方法が春の解禁までに10万回の素振りを達成することでした。 明治神宮大会で痛切に感じたのは対戦相手のバットスイングの速さ。 自分たちとの違いを痛切に感じたナインも反怖選手の意見に賛同し春に向け監督との約束を実行しています。 今では、選手たちが10万回を軽く越える勢いで続けており、センバツ出場が決まってからその勢いに拍車がかかっています。 監督も最初は半信半疑だったものの、選手たちの有言実行を頼もしく見守っています。 今の時期の旭川は、雪と氷の世界。実戦に即した練習環境が作れない中、選手達には素振りひとつするにも、コースやスピードを常に頭に入れ考える野球を指導しています。 見守るコーチも選手達の成長を感じ取っている様子。開幕まで40日。秋とは違った旭川南高の成長した姿が甲子園で見られるはずです。 打撃が今1歩の旭川南高ですが、守りの方は主戦左腕・浅沼寿紀を中心に堅守を誇っています。 浅沼は、明治神宮大会など大舞台になると、気が優しくナインの信頼もイマイチでしたが、 「弱気は最大の敵」と帽子のひさしに大書してピンチの時は、帽子を取って自分を取り戻す努力をしています。
また、精神面を鍛えるため、昨春から約10キロの早朝ランニングを繰り返しています。 さらに新チーム結成後、小池監督から主将を任され、徐々に「チームを引っ張らなければ」と、自覚が出てきて、ナインにとっても頼もしい存在へ変身しようとしています。 もともと181cmと体格的に恵まれていて、しかも左腕。長い腕を利しての腕のしなりやバランスの取れた投球は将来を嘱望されるに十分です。 特に手元で伸びる球には威力があります。大きく割れるコンビネーションでコーナーに投げ分ける制球力があり三振も驚くほどではありませんが、67回投げて54個はまずまずでしょう。 冷静さを失わなければ、どんな強豪とも互角に渡り合える実力を持っているはずです。 旭川南高校の横顔 旭川南高校は、昭和31年学校法人旭川南学園と言う私学として創立されました。その後、昭和47年に男女共学となり昭和49年から市立の北海道旭川南高校に、昭和55年から北海道立旭川南高校と珍しい過程を踏んで平成17年に創立50周年を迎えました。 野球部創立は2年遅れですので今年が記念の節目の年になります。創部から10年も経たない昭和39年には、早くも夏の全国高校野球選手権に出場しています。 野球部は選手38名、マネジャーが4名の計42名で3月には、気候と施設など練習環境が整った関東地方遠征を経て、他校との対外試合を数試合こなして本番に備えます。 同校は、野球ばかりではなく数々の運動クラブから有名選手を輩出しています。 その筆頭はレスリング部です。開校3年目にはレスリング道場が完成。 昭和42年に高校総体のレスリングで全国制覇を成し遂げています。 昭和43年のメキシコオリンピックではOBの中田茂男選手が金メダルを獲得、昭和47年のミュンヘンオリンピックでは阿部巨史選手が4位入賞を果たすなど当時、日本のお家芸のひとつだったレスリングの中核を担った輝かしい歴史があります。 また、遡って昭和43年に開かれたフランスのグルノーブル冬季オリンピックのスピードスケートには大塚博文選手が出場しています。 さらに驚くべきことに、女子柔道部は高校総体、国体の強豪中の強豪で、恵本裕子選手がアトランタオリンピックで金メダルを、上野雅恵選手はアテネオリンピックと世界選手権で金メダルを、佐藤愛子選手はフランスジュニア柔道選手権を制覇したほか、数々の国際大会で優秀な成績を挙げた選手を多数輩出しています。 こんなにたくさんのオリンピック選手、しかも金メダリストを輩出した高校は日本広しと言えどもそうはないでしょう。 ほかに文化部も活発に活動しており、平成2年にはOBの五郎部俊朗氏がチャイコフスキーコンクールの声楽部門で「バッハ最優秀賞」を受賞しています。
1回戦大会5日目第1試合 2007年3月27日
前半は、行き詰る投手戦が続きました。 両チームともに左腕の好投手を擁し接戦が予想されたこの試合、旭川南・浅沼、創造学園大付・赤羽ともに期待どおりの投球を披露しテンポの良い試合が展開されました。創造学園大付は五回裏、先頭の5番赤羽が中前にヒットを放ち、バントで送られた一死2塁のチャンスに7番窪田がライト線を破る2塁打で2走の赤羽が返り1点を先制しました。両チームが挙げた得点はこの1点のみ。創造学園大付には虎の子の、旭川南高には重くのしかかるこの1点が明暗を分け結局、創造学園が何とか守り切り接戦にピリオドを打ちました。 創造学園大付・赤羽はスライダーやスクリューボールなどの変化球がさえ、旭川南高の打者のタイミングをうまくはずして10個の三振を奪い安打も散発3安打に抑えて完封勝利を納めました。 旭川南の主戦・浅沼は、緩いカーブを有効に使い130`に満たない直球を見た目以上に速く見せるなど打者のポイントをずらす工夫で被安打4、無四球と最高のピッチングで対抗しましたが、五回のわずか1度のピンチに、外角のストレートをうまくライト線に運ばれた1球が命取りになりました。 旭川南に惜しまれるの走塁ミス。初回、四球で出た2番反怖が4番阿部の打席の時に中途半端に飛び出し2塁でタッチアウト。七回は、1アウトから5番浅沼が四球で出て盗塁失敗。最終回は先頭打者の1番田中が中前打で出塁、送りバントで一死2塁と1本出れば同点のチャンスを迎えましたが、投手の巧みなけん制球に誘い出されて3塁でタッチアウト。バッターの3番穴井もスクリューボールにバットが空を切り万事休しました。
この辺りは、冬場の雪でグランドでの実戦経験の乏しさが表れたような気がします。 旭川南・小池監督は、「接戦は予想通りだったが、相手の投手のうまさにしてやられた。浅沼も良く投げたが、打てなかったのが敗因。夏は打線を強化して、また来たい。」と話していました。
南北海道大会決勝戦 2007年7月22日
第89回全国高校野球選手権南北海道大会は22日、札幌円山球場で決勝戦が行われ、抜群のスピードを誇る駒大苫小牧高校が函館工業を破って5年連続7回目の甲子園出場を決めました。函館工業は初回、一死満塁の先制機を逃すなど、チャンスは作るものの、駒苫の対馬=久田のバッテリーの前にゼロ封を喫し、 44年ぶり5回目の甲子園出場はなりませんでした。 決勝は、駒大苫小牧の打棒が爆発。初回、相手失策と死球が絡んで迎えた好機を長短打であっさり3点を先制、主導権を握ると、あとは練習どおりの成果を拾うを披露。点差が開いても集中力を切らさず、相手のすきを突く走塁や、わずかな守備の乱れを見逃さない細かい野球がナインに浸透していました。終盤だけでも7点を追加、結局18安打の猛攻で函館投手陣を打ち崩しました。 投は先発・対馬の速球が冴え、7回途中で交代するまで9個の三振を奪う力投を見せ、後を久田、片山が締めくくりました。駒大苫小牧は、1、2戦こそ打線が湿り勝ちで調子に今ひとつ乗れなかった感もありましたが、大会が進むにつれ、投打がかみ合い、危なげなく第1の関門を突破しました。 この夏は、史上初の4年連続決勝戦進出と言うとてつもない記録がかかっています。昨年の田中(現・楽天)のような絶対的なエースはいませんが、片山、対馬、久田の左右の投手陣は、今年は数で勝負。粒が揃っています。打線はチーム打率が3割8分5厘と高く、武田、小鹿、幸坂、佐藤など4割を超えるバッターが揃っています。 本番が近づくにつれ攻守走3拍子揃った素晴らしいチームに脱皮してきました。今年の夏も「駒苫」の名が全国に轟き渡ることでしょう。 今年は、北北海道代表の駒大岩見沢に続き、南北海道も駒大苫小牧と、駒沢大学の姉妹校がそろって甲子園に乗り込み、旋風を巻き起こしそうです。
北北海道大会決勝戦 2007年7月20日
第89回全国高校野球選手権北北海道大会は20日、旭川スタルヒン球場で決勝戦が行われました。昨年まで南北海道に属していた駒大岩見沢が、投打とも旭川実業を圧倒して9年ぶり3度目の夏の甲子園出場を決めました。。 決勝では、旭川実の好投手北山に対し初回、及川雄貴選手の3塁打に加え、4連続単打など長短6安打を浴びせて4点を先取、早々と試合の主導権を握りました。 北北海道の南北空知地区が統合され、同校は空知地区代表として北大会に初参加、栄冠をつかんだ。チーム再編に伴い、空知地区から出場した駒大岩見沢は、「ヒグマ打線」の異名を持つ伝統的に打線が看板のチームです。今大会でも1試合の平均得点が7点と打線が爆発し、参加123校の頂点に立ちました。しかし、今大会では主戦の大型右腕白崎の好投が光っていました。球威のある直球にキレのあるスライダーのコンビネーションで6試合37イニング投げて奪った三振が36個。ほぼ1イニングに1個の割合で三振を奪っています。制球にも自信を持っていて与えた四死球は、わずかに6個と安定した投球を披露しました。控えには、小林や2年生左腕板木がいて、投手力は万全です。失策も6試合で5個と堅守を誇っています。 前述の打線は地区大会のチーム打率が3割5分1厘を記録、中村の4割4分4厘を筆頭に3割打者がずらり並んでいます。どこからでも点が取れる打線を組んでいます。特に長打力を秘めた巨漢小野のバッティングは注目です。ただ、畳み掛ける打線の迫力は相当なものですが、足を使った攻め、盗塁やヒットエンドランをはじめ、犠打も1試合2個平均と機動力野球はあまり得意とはしていません。甲子園のような全国の精鋭校が集まる大会では、一つのミス、ワンチャンスを逃すと勝機も逃げて行ってしまいます。夏は3回目でも、春センバツには7回出場している駒大岩見沢。甲子園を知り尽くしたベテランの佐々木啓司監督の采配にも注目です。
第89回全国高校野球選手権大会 2007年8月10日
9年ぶり3回目の出場の駒大岩見沢は、大会3日目第1試合で、2年連続10回目出場の東東京代表・帝京高校と対戦しました。 初回の立ち上がりのピンチをしのいだ駒大岩見沢はその裏、1死2塁から3番及川がセンターの頭を越えフェンスに達するタイムリー2塁打を放ち1点を先制しました。しかし、その直後の2回表、帝京は2死3塁から1番本間のセンター前タイムリーヒットで試合振り出しに戻しました。4回表、帝京は1死2塁から9番垣ヶ原のセンター前ヒットで2対1と勝ち越すと、攻撃の手を緩めず、1番本間、2番上原もヒットで続き1死満塁と攻め立てます。3番長田は四球で押し出し、4番中村のセンター犠牲フライで4対1と差は広がるばかり。さらに5番鎌田の右中間を破る2点タイムリーでさらに2点追加され、この回大量5点を奪われ6対1と、大きくリードを許しました。駒大岩は1回途中からマウンドに上がった帝京・垣ヶ原を攻略できないまま回は進み、7回にも1死満塁から8番高津のショートゴロの間に1点を追加され試合の大勢が決まりました。駒大岩見沢は、帝京先発の大田に3安打を浴びせ幸先良いスタートを切りましたが、急きょリリーフした主戦左腕の垣ヶ原の伸びのある直球と切れるスライダーに翻弄(ほんろう)され、その後は散発4安打で10個の三振を喫しました。白崎ー小林と継いだ投手陣も、振りの鋭い帝京打線に掴まり被安打13、与四死球7と乱れ初戦突破は成りませんでした。
5回裏駒大苫小牧2死一、二塁、高橋は中前適時打を放つ。捕手小林野球どころ広島を勝ち抜いてきた広陵高校が相手とは言え、実績と実力を兼ね備えた駒大苫小牧が初戦で甲子園から姿を消すとは、だれが想像したでしょう。 第89回全国高校野球選手権大会 2007年8月11日
試合巧者同士のこの日一番の好カード。広陵の好投手・野村に対し、切れ目のない駒大苫小牧打線がどう抑えるかがこの試合の焦点でした。野村は今年のセンバツで8強入りしています。夢舞台を経験した主戦は、この3ヶ月で大きく成長しているはず。駒大苫小牧は、打率4割を超す3番武田、4番佐藤のクリーンアップが注目です。また、投攻守どれを取っても水準以上の戦力を備えています。 2回裏、駒苫は四球で出た佐藤を犠打などで送って3塁まで進みチャンスを広げます。ここで幸坂の中前安打で佐藤が生還し1点を先取しました。さらに2盗を決めた幸坂が片山の中前安打で返り、1点を追加、駒苫らしい抜け目のない点の取り方で試合の主導権を握りました。前半の戦いは、過去3年間、優勝戦まで勝ち進んだチームの自信とプライドが垣間見えます。 5回表、広陵は中前安打で出た土生が敵失などで3進し、有水の左犠打で生還し、差は1点に縮まりました。 しかし、その裏、駒苫は2死から3連打を放ち再び2点差とします。
6回、広陵は右前安打で出た林が櫟浦(とちうら)の中前適時打で生還し、再び1点差としました。終盤に入っても1点を争う試合展開に、スタンドもベンチもボルテージが上がります。 さすが、甲子園を知り尽くしている、両チームの攻防にネット裏からも声援が飛びます。 しかし、勝負は思わぬところから決しました。9回表、広陵は土壇場の2死1、3塁から山下の左前安打が飛び出しで同点としました。そして、林の2塁内野安打で3走・土生が飛び出すと、捕手・幸坂が素早く3塁にボールを送りましたが、これが悪送球となって、2者が還って、ここで広陵が始めて勝ち越しに成功しました。駒苫には、悪夢のような失策がらみで失った実に大きな2点でした。 このままでは引き下がれない駒苫も9回裏、2死走者なしから幸坂が右前2塁打で出塁。キャッチャーのパスボールで一挙に生還し、1点差に迫りましたが、代打樋渡友紀が空振りの三振を喫し、万事窮す。駒苫の史上初の4年連続決勝進出の夢は潰えました。9回表の守備の乱れがすべてだったでしょうか。駒苫打線も好投手野村祐輔を的確に捉え、ゲームの主導権を土壇場まで握っていました。片山ー対馬ー久田の投手陣もそれぞれの役割は果たしました。 初戦で散った駒大苫小牧ですが、北海道の高校野球界を引っ張るリーダー的存在に変わりはありません。北海道に帰ったら、早速新チームが始動します。香田誉士史監督のもと、この夏の悔しさをバネに、こんどは来年の春センバツを目指して、強い駒大苫小牧の雄姿を見たいものです。
第60回秋季全北海道高校野球大会 駒大岩見沢7−5小樽北照高校
昨秋の第61回全北海道大会で9年ぶりに優勝した駒大岩見沢高校が昨夏に続き、今春の第80回記念選抜高校野球大会の切符を手にしました。 第80回記念選抜高校野球大会の出場校を決める選考委員会が1月25日、大阪市内で開かれました。今年は記念大会のため21世紀枠が3校など出場校は例年より4校増え、一般選考32(神宮大会枠2を含む)、21世紀枠3、希望枠1の計36校と選抜史上最多となりました。 選考作業は午前9時から始まり、はじめに21世紀枠を決定。続いて10地区に分かれて一般選考に入りました。 20校が出場した全北海道大会で優勝した駒大岩見沢高が、一般枠で文句なくすんなり選ばれました。準決勝で駒大岩見沢に0−5で敗れた武修館高校が21世紀枠候補になりました。 寒さの厳しい釧根地区にある私立の武修館高校はこのところめっきり力をつけてきた学校で、過去3年間、全国選手権北海道大会や全道大会など8強以上に進出しています。昨秋の全道大会を1人で投げ抜いた大久保を中心とした守りのチームです。
ここのところずっーと、駒大苫小牧が1校抜きん出て一人勝ち的存在だった北海道の高校野球情勢ですが、昨年夏、北北海道から駒大岩見沢が3回目の甲子園出場を果たし、昨秋の全道大会も制して9年ぶりの春センバツと、駒苫1強時代は終わりを告げた感があります。 南北海道の小樽北照高も力をつけ、今回、21世紀枠の選から惜しくも漏れましたが、武修館にしても今後マスマス戦力が充実していくこと明らかで、北海道の高校野球も群雄が割拠する時代を迎えようとしています。 ところで、センバツを決めた駒大岩見沢ですが、夏3回に春は9年ぶり8回目の出場です。 チームカラーは投打にバランスが取れていて大舞台を経験している選手が多く、大崩れしないところでしょうか。 新チームの公式戦打率は、3割9分5厘、本塁打5本と伝統の「ヒグマ打線」は健在です。 特に全道大会の決勝、対北照戦は、九回に逆転された駒岩がその裏、土壇場で追いつく粘りを発揮し延長十回に途中出場の高橋がサヨナラ本塁打を放つ劇的勝利を収めています。 一方、守りは昨夏の甲子園でベンチ入りした主戦左腕の栃木が成長。4試合を完封、とキレのあるスライダーを武器に緩急を付けた安定した投球を披露しました。また、2番手右腕の古川にも完投能力があり控え陣も豊富にコマが揃っています。 駒大岩見沢の強みは、何と言っても捕手の松本。昨夏の甲子園を経験していて状況に応じた的確なリードで投手陣や内外野を引っ張っています。 昨年夏の甲子園は帝京高校に1−7で初戦敗退を喫し、秋の明治神宮大会も6−13と東北高校にねじ伏せられています。 全国規模の大会で結果が残せていない駒大岩見沢高校。 ここ数年、全国の高校野球ファンの脳裏には、同じ系列校の駒大苫小牧高校の強烈な印象が残っています。 レベルの高い北海道と言う定着したイメージを維持するためにもセンバツで、昨夏のリベンジを果たしたいとナインはじめ学校関係者も願っていることでしょう。
昨秋の北海道大会を制した駒大岩見沢高校が、開会式直後の開幕試合に登場、愛知の21世紀枠で出場の成章高校と対戦しましたが、2−3と惜しくも破れ初戦突破は成りませんでした。 大会初日第1試合 2008年3月22日(土)
昨秋の公式戦打率が3割9分5厘と打撃力を活かして北海道大会を制した駒大岩見沢高校。破壊力満点の攻撃力は「ヒグマ打線」の異名を持ちます。 打線が爆発し打ち合いになれば駒大のぺース。 それとも3年連続「21世紀枠」推薦で、ようやく36年ぶりに「甲子園出場」を手に入れた、野球どころ愛知県の成章高校は、投の小川を軸に守りがしっかりしています。 両校の対戦は、リニューアルなった甲子園初の試合とあって4万4千と最近にない大観衆が詰め掛けた開会式直後の第1試合として行われました。 駒大岩見沢が打線を前面に、先手必勝で初回から積極的に打って出る攻撃型に対し、成章高校は主戦・小川を軸に守りを固め、後半勝負を目論む対照的なチームです。 駒大岩見沢の左腕・板木投手は変化球を主体に打たせて取るのが身上の技巧派投手です。 立ち上がりに不安があるだけに、駒大としては早い回に点を取り自分達のペースに試合を引き込みたいところです。
板木投手は試合前、直球主体に、攻めの投球をすると語っていましたが、試合が始まってみると、直球で押すと言う言葉とは裏腹に、立ち上がりからカーブ、スライダーを多投、直球も高目に外れるなどボール、ストライクがはっきりしていて、もうひとつピリッとしない投球が続きます。 ただ、変化球のキレは良いようで、成章の打者の空振りが目立ちます。 しかし、同校が狙っていた先取点を四回表、成章に奪われます。 内野の失策で出した走者を6番倉内がレフト越えの2塁打で返し1点を先制されました。 駒大もその裏、2死からヒットとエラーで得た1、3塁のチャンスに8番板木が、ライト前に落として、すかさず同点としました。 なおも五回、2死2塁の場面で及川の放った痛烈な打球が3塁手を襲い1、3塁とチャンスは広がります。 ここで、投手小川の擬投に1塁ランナーが飛び出してしまい1、2塁間に挟まれますが、野手の落球で3塁から青山が生還し、2点目が入り逆転に成功しました。 本来の駒大岩見沢打線ですと、イケイケムードになるところですが、その後も走者は出しますが、成章の小川投手の強気の投球の前に、「あと1本が出ず」攻略することが出来ません。 「野球は7、8、9、の3イニングで決まる」が持論の成章糟谷監督の教えを忠実に守ってきた成章ナインが、終盤の八回に反撃に出ます。 この回、先頭の2番都築が中前打で出ると、犠打に四球や安打を絡ませ倉内の2本目のタイムリーなどで2点を挙げ試合をひっくり返します。 駒大岩見沢は結局、この2点を追いつくことが出来ず、2―3で初戦敗退を喫してしまいました。 打撃には自信を持ち、主戦左腕板木を擁すなどチーム力は高く評価されていた駒大岩見沢ですが、この試合では、ヒット8本を打ちましたが、日頃の攻撃力を披露する所までは至りませんでした。
相手投手の気迫の前に、自分達の打撃が出来ないもどかしさを感じました。 上位打線はセンター方向に、逆らわずに打ち返していましたが、全体に直球に差し込まれ大振りが目立っていました。 やはり基本はセンター返し。板木投手はどこか傷めているのでしょうか。 変化球のキレはまずまずでしたが、直球の投球数の少なさ、今ひとつのスピード、立ち上がりの不安定さなど、今年は例年と比べ夏までは短いですが、近年、北海道と言えば強豪と言うイメージが定着しています。 今日の負けを徹底的に分析して、また「夏」、夢のグランドへ戻ってきてもらいたいものです。 |
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宮崎の県鳥コシジロヤマドリ |
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